平家落人伝説の山里に大輪の花を咲かせる三重県南伊勢「横輪桜」

現在の横輪町は、昔勢州伊勢の国・覆盆子谷(一宇郷)と言われた平家の谷と知られている。1185年、平清盛の四男・知盛は兄弟の中で最も勇ましい武士であったが、壇ノ浦の戦にて源氏に敗れ、自害したと伝えられているが、確かな証拠はなく、従者30人と共に平家の再興を願い、南海より伊勢の船江に上陸し、伊勢平氏の所縁により、外宮の長官・横地光忠の保護を受け、前山から鷲嶺の険しい山を越え、この地に隠れ住んだと言われており、地元には平家の落人伝説が多く残っている。横輪町は今では見かけなくなった懐かしい日本の原風景がここにあり、南北を山に囲まれ、その中ほどを横輪川が蛇行する典型的な山里です。「横輪桜」は横輪町にのみ存在することからこのように呼ばれています。

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この桜は今から約150年前、江戸時代後期に地元の弘化山桂林寺にあったものを、村人が各家に持ち帰り増やしたものとされている。大きな特徴はおしべが変化し、花びらとなり 開花と同じくして葉も付き始めることです。開花時期はソメイヨシノより数日遅れ、花の大きさも2~3倍大きく濃いピンク色の大輪が年を重ねるごとに増え、15年くらいたつと12枚ほどの花びらをつけるものもあるとのことです。

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見応えある桜並木が続く名古屋随一の桜の名所愛知「山崎川四季の道」

名古屋市内の主要な川の一つである山崎川は、全長13.6KM、流域面積は26.6KM。千種区の北東部にある猫ヶ洞池を水源とし、途中昭和区で五軒家川が合流し港区の名古屋港に注ぐ。山崎川は造られた川ではなくもともとあった川で多くの歴史がある。「山崎川」は「日本の桜名所百選」に選ばれた桜の名所です。

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石川大橋から南にかなえ橋がありここから鼎小橋を望むと川に桜並木がせり出し見ごたえがある。鼎小橋は木製の橋でこのあたの桜は樹齢のいっている古木が多く見ごたえがる。

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さくら名所100選に選ばれた、春の棚田に映る美しき三重津市「三多気の山桜」

「伊勢と大和の境の桜 枝は大和に根は伊勢に」古い馬子唄にこう唄われる「三多気の桜」は雲出川と名張川に分水する室生火山郡随一の霊峰大洞山の美しい山を背景に 咲く、山桜の古木並木である。桜の植樹は平安時代の昌泰年間(899年頃)真福院の開祖でもある理源大師が始まりとされ、その後中世にこの一帯を治めた北畠氏の保護を受けたことから千年からの歴史がある。

伊勢本街道真福院までの参道約1.5kmにかけて続く淡紅色のトンネル「三多気の桜」は「日本の桜名所百選」「全国ふれあいの並木三十選」「東海美の里百選」にも選ばれており、山桜ならではのしみじみとした美しさである。

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たおやかな山容を見せる大洞山を眺めながら桜並木をゆったりと歩くと、古木の側にひっそりと佇む茅葺屋根の家、、山桜と透き通った空を映し出す棚田の水面、「三多気の蔵王堂」と呼ばれる古刹・真福院など桜と競演する様々な風景に出会える

ちなみに真福院は平安時代から蔵王権現の霊場として伊勢・大和両国に知れ渡り、在原業平や平清盛なども参籠しているとのこと。