遥か奥州に落ち延びる源義経の道中を思い起こす信州阿智「駒つなぎの桜」

阿智村南西部、岐阜県と県境を接する園原は、恵那山の東山裾に広がる山合いの小さな集落であるが、この地は古代・中世にかけて都人におおいに親しまれていた地なのである。その理由は、この地を大宝律令が出された701年に近江国(滋賀県)を起点に「東山道」という都から東国を結ぶ官道が通り、その東山道のなかでも殊に標高1576Mの神坂峠を超える信濃国阿知駅(阿智村)と美濃国坂本駅(中津川市)を結ぶ行程は、およそ七十四里を隔てる最大の難所といわれ、「神坂峠」の存在があまりにも大きかったのではないかと思われる。
都からの旅人にとっては険しい峠を越えた最初の人里、そして東国からの旅人にとっては東国最後の里、それが園原なのである。

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源義経が奥州下向の折りに、馬をつないで休んだといわれる大きな桜の木が旧道と林道との分岐点に近い水田の端にある。「駒つなぎの桜」といわれ、樹齢は800年を超えると言われるが、樹勢今なお盛んで、見事な樹冠をもたげ悠然と咲き薫る風姿は、牧歌的な田園風景をとびきりなものにしてくれる。難所・神坂峠の麓で多くの旅人の目を楽しませてきたことがうかがえる。棚田が重なる田園風景の中にあり、開花期は」ちょうど田植えの時期。田んぼに水が張られ、水鏡に映る薄紫の桜を愛でることができます。

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