1500余年にわたる花の命を人々の想いでつなぐ日本三大桜。岐阜「根尾谷薄墨桜」

岐阜県と福井県にまたがる美濃の山里。太平洋と日本海の分水嶺となっている白山信仰の霊山である標高1671mの能郷白山の雄大な大自然に守られて、悠然と佇む桜がほころぶと、標高204mの山あいは淡墨色の花衣をまとう風景に染まるのである。

今から1500年あまり前の昔、山奥に隠れ住んでいた応神天皇五世の孫・彦主人王の孫・男大遮王後の継体天皇が、都に戻ることになったとき、村人たちとの別れを惜しんで、尾張一宮から持ち帰られた桜を、次男・桧隅高田王の産屋跡に、お手植えになったとされる「根尾谷の淡墨桜」は、国指定天然記念物に認定された、日本第2の長寿を誇る樹齢1500余年 、樹高16.3m、根回り9.9m、東西の幅が26.9mの巨木で、日本三大桜の一つとされている。

この時に詠まれた詩が「身の代と遺す桜は薄住(うすずみ)よ 千代にその名を栄盛(さか)へ止(とど)むる」である。
花の色は蕾の時に薄いピンク、満開時に白色に変化。そして、散り際には淡い墨を引いたような色になるのである。これが淡墨桜の名の由来である。作家の宇野千代さんが保護を訴えて活動し、小説「淡墨の桜」を執筆したことでもよく知られている。

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