名城を埋め尽くす天下第一の桜!「高遠城址公園」 信州高遠

「たかとほは 山裾のまち 古きまち ゆきあう子等の うつくしき町」と明治の文学者・田山花袋が謳った高遠は、700有余年の歴史文化に支えられた城下町。日本さくら名所100選に選ばれ「天下第一の桜」として誉れ高い、信州屈指の桜の名所「高遠城址公園」があります。

園内には約1500本ものタカトウコヒガンザクラが大きく枝を広げ、天空を覆い尽くさんばかりに咲き誇っています。桜色が濃く、鮮やかな濃いピンクが風にそよぎ、満開の頃ともなるとその壮観さに圧倒されます。雪を残した中央アルプスを背に、鮮やかに咲き誇る“桜の森”は言葉にならない迫力と美しさを持っています。

高遠と桜のつながりは古く、江戸時代元禄年間には3万3千石の内藤家が居城としていた頃、馬場に立派な桜並木がありました。明治時代に城は取り壊されて公園となりましたが、明治8年(1875)荒れ果てていた城址を見かねて高遠藩の旧藩士が「桜の馬場」から桜を植え替えたました。それが今の高遠城址の桜となって多くの人を惹きつけています。

天文16年(1547)武田信玄によって築城された高遠城は、敵から城を守るために空堀が造られました。現在では絶好のお花見ポイントになっている空堀に架かる桜雲橋は、問屋橋とともに高遠城址公園のシンボルです。赤い欄干の橋が満開の桜に包まれるこの場所で、水面に映し出される桜もまた美しいのです。

左に高遠湖を眺めながらしばらく歩くと白山トンネルの手前、五郎山登山口の標識を見つけます。天正10年(1582)武田信玄の五男・仁科五郎盛信が織田信忠と戦い、壮絶な死を遂げたのも高遠城でした。五郎山の頂上には仁科五郎盛信のお墓があるのですが、その手前白山神社の先、白山観音の小さな標識を頼りに登ること登山口から20分、正面に高遠城址公園の全景を眺めることができます。1500本のタカトウコヒガンザクラが満開になる様子はまさしく「茜雲がたなびくよう」とたたえられるありさまです。

                     2016/4/9撮影

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